神野池 ?

尾野潟君と知りあったのは高校の時である。

わたしはそのように望まれない子供であったせいかもしれないが、高校を出てすぐ働きに出られるように育ての父母は工業高校に進学させた。

しかし父母は子宝に恵まれなかったので、わたしの事を我が子のように接し育ててくれていたので、勉強があまり好きでなかったわたしの将来を案じて、あまり勉強せずとも働けるような道を模索してくれていたようである。

しかしわたしはあまり高校でも真面目ではなかったらしい。格別に不真面目というわけではなく外見は大人しいようなのだが、特に真面目に取り組むということがなく、いわば無気力のように見られていた。

特に目立つ所もなく、しかし格別に普通でもないというていであるわたしに積極的に話しかけてきたのが尾野潟君という人なのであった。

「君は何を見ているのかが解らないね。いや、いいさ、何も言わなくていい。僕だって、僕の事をとやかく外見から憶測をして外野から何かを言われたくはないからね」

そういって尾野潟君はニヤッと笑ったように思った。

「それでは野球のヤジと同じじゃないか! ハハハッハハッ!」

それが尾野潟君とのファーストコンタクトだった。

「君は工業の勉強をまったく何もしていないらしいじゃないか。先生方が嘆いていたよ、君は格別頭が悪いわけでもないらしい、素行は優秀なのになぜ、勉強の成績が悪いのかって。遅刻も多いらしいじゃないか」

「尾野潟さんは、生徒会かなんかの人ですか?」

わたしは当時の記憶で何故、あまり勉強をしていなかったのかはわからないが、子供の時分を思い返して、山を登ったり川を探索したり、もしくは石に夢中になっていたりしていた。そのせいで疲れて朝起きられないことも多々あった。だから不良のように思われていたらしい。

「ま、さ、か。僕は正真正銘の落ちこぼれさ!」

尾野潟君はそう言ってカカッと笑った。「丸畑先生がね、それでも僕を目にかけてくれるんだよ。その先生が、君がおもしろい所のある人だからよろしく頼むと・・・そう言うんだよね」

話を要約すると大体このようなことだった。

尾野潟君は素行が悪い、勉強態度が悪い、嫌いなものは嫌いという、教科書にある事でも認めない、点数を決めるのはおかしい、何故ダーウィンの進化論が正しいと証明できるのかの証明を提出しろ、ビッグバン宇宙論は何故至極当然に当たり前のように書かれるのか、別の存在理論について正しい可能性を含めた広域的な教科書を求める、というようなことを、この低偏差値の集まっている場末の工業高校でぶちまけているらしいのである。

恥ずかしながら滑り止めいらずの高校、勉強をしなくても入れると謳われていた学校で、足し算引き算が出来て自分の名前が書ければそこに行け、と揶揄されていたらしい高校なのでそれなりに風土も悪く、決して褒められた所ではなかった。無論そういう生徒が集まるところには、教職者のかたもそれなりの方が集まるようでもあるのだが。

丸畑先生とはたまたま自然物理に強い先生で、神野工業では科学を教えていた。教授のあいだでは既に厄介者だったらしい尾野潟君だったが、丸畑先生は尾野潟君の破天荒な質問に対して真摯に受け止めたらしい。もともとは大学の教授を務めたこともあるらしいのだが、高齢や病気などを患っていてたまたま復職で勤めていた非常勤職員だった。

「先生が君を面白いというのだが、僕も面白いとは思っていたのだ。何しろ君は他とは違いすぎる!」

そうして目をキラキラと輝かして尾野潟君は質問を浴びせてきた。

「君はたいていは学校に遅刻してくるが、しかし出てくると思えば大体が机に突っ伏して眠ってしまうがそれは何故か?」

「寝てはいないよ、目をつぶっているだけで、机の上ではちゃんと授業を聞いてますから・・・」

わたしはバツの悪そうに受け答えていたのだが、このように話しかけてくれる同学年の学友はいなかったので少しうれしかった。

「君はたまに石を机の上に置いて寝ている。あの石は何だ?」

そうして片目を大きく見開くと逆にもう片方の目は細めて睨みをきかせてくる。「何度か観察をさせて頂きましたが、別段特別な石ではなさそうだが、君はひょっとして宝石には興味がある?」

そうしてさらに顔を近づけるかのような迫力がある。

「あー、あ、ああれは別に」

あまりの唐突なことに口ごもり。「わたしはよく川へ行くので、ここらはまだ川下でしょう? その、上の方と比べると、だから角の取れて、丸い石が多いので、たまに拾ってくるだけです」

「石を、拾う?」

そういうと尾野潟君はまたひときわ大きい目をギョロ憑かせたように思えて怯えてしまった。わたしが何も言えずにいると、「特別な石じゃないというのに、石を拾うの?」

と、何か裁判官か心理学者かのようにして質問をかぶせてきたので咄嗟に、

「山の方の石はもっと尖っていて、、大きな石なのです、ここの辺りの川の石はずっと丸くなっていて、、たぶん上流から流れてくるあいだに」

尾野潟君は目を光らせていました。

思うに、わたしが言っていたのは川の石の話でした。わたしが父とこもっていた山の石とは、とにかくごつごつとして険しかったのでした。

それから里に下りてからの川にあるひとつひとつの石というのはどこか優しく、当時のわたしはそれが懐かしくて、どこか嬉しくて川へ行った日にはひとついちばんまるまった綺麗な石をもって帰っていたのです。そのままに登校していたり、机に置いたまま眠っていたかは記憶が定かではありませんが。

しかしわたしは、石の事を言っていたつもりでした。

随分後になってから考えたりもするのですが、あの時に尾野潟君は、石の事を、星のように捉えていたのかもしれません。

「山の方の石はそんなにも大きくて、尖っているのか」

わたしは少し自慢げになっていたのを覚えています。当時は育ての父母でさえ、石の違いには気づかないので、それは見ると全く違うのです。幼児の頃に父に惹かれた山道の石と、または流されてそれは距離にしても数キロ、高低差にしても数十メートルほどであっても、その道のりを歩いてきた石の違いというものは、わたしの記憶の中にある何か失った部分を埋めるのにちょうど良いものだったのです。

「川の石は、このほんの数十年の間に、例えば教科書で習ったような宇宙の十億年を、ゆうに飛び越えているんだ」

すると尾野潟君は叫びました。「なしがそが! そりじゃわれ連れてけし! 川の石のごつごつしたるとこ 見してくれ!」

そういって頬を赤めたのでした。

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